大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)2594号 判決 1966年6月09日

原告 神品崇

被告 中村隆

主文

一、当庁昭和四〇年(手ワ)第二五九四号約束手形金請求手形訴訟の判決を次の限度で認可し、その余を取消す。

被告は原告に対し八万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年三月二一日(同判決中昭和三九年三月二二日とあるのは明白な誤記であるから更正する。)から完済までの年六分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する

三、訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、残余を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し六八万円およびこれに対する昭和三九年三月二一日から完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

一、被告は訴外富土物産株式会社と共同で次の約束手形一通を振出し訴外四元円に交付した。

金額 八五万円

満期 昭和三九年三月二一日

支払地 東京都港区

支払場所 三井信託銀行株式会社新橋支店

振出地 東京都千代田区

振出日 白地

振出人 被告および訴外富士物産株式会社

受取人 白地

二、原告は右手形を訴外四元円から引渡の方法により譲渡を受け振出日を昭和三八年一二月二五日と補充して引渡の方法により訴外神品茂作に譲渡し、同人は受取人を同人と補充の上、これを呈示期間内である昭和三九年三月二四日支払場所に呈示したが支払がなかった。

そこで原告は訴外神品茂作からこれを買戻し(裏書により譲渡を受けた。)その所持人となった。

三、よって被告に対し、右手形金のうち六八万円およびこれに対する満期から完済までの法定の年六分の割合による利息の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

一、被告が原告主張の本件手形を振出した事実(但し本件手形を被告から交付された者は訴外四元円ではない。)を認める。その余の事実は不知。

二、本件手形は訴外山陽興業株式会社振出の金額八五万円、満期昭和三九年三月二二日の約束手形の担保手形として同会社に対して振出されたものである。このことは本件手形の上欄に「本手形は右約束手形割引の担保に付、右手形決済の上は無効とする。振出人山陽興業、額面金八五万円、支払期日昭和三九年三月二二日」と明記してあるので、本件手形関係者の全員に明らかなところである。

そして、訴外山陽興業株式会社は本件手形を担保手形として、自己振出の前記八五万円の被担保手形を訴外有限会社三共興業で割引き、これらの手形を同訴外会社に交付したのであるが、その後原告は右被担保手形を割引き、本件手形をその担保として右被担保手形とともに取得して所持するに至ったものである。

ところで、

(一)  原告は訴外酒井博らを通じて訴外山陽興業株式会社との間に前記被担保手形の弁済について示談し、その示談に基き一七万円の支払を受け残債権を放棄して被担保手形を返還した。

このように被担保手形が振出人に返還された以上は、担保手形である本件手形の権利も消滅したわけであるから、原告は本件手形の権利をもたない。

(二)  仮りに右の理由がないとしても訴外山陽興業株式会社は前記被担保手形の割引先である訴外有限会社三共興業およびその他の原告以外の手形関係者との間で前記被担保手形を決済し、これを回収したから、これに伴い、これらの当事者間では右手形の担保手形である本件手形による債務はなくなったものである。そして、原告は本件手形を前記手形の担保手形であるという事情について悪意で(この点は手形面上の記載により明らかである。)また訴外神品茂作から期限後裏書により取得した所持人であり、訴外山陽興業株式会社の右抗弁事由の対抗を受けるものであるところ、被告は訴外山陽興業株式会社に融通のために本件手形を振出したものであって同訴外会社に対しては本件手形により何の債務も負わないものであるから同訴外会社の右事由を援用して原告に対抗することができる。

原告訴訟代理人は被告の主張に対し次のとおり述べた。

一、本件手形が訴外山陽興業株式会社振出の被告主張の手形の担保手形として原告がこれを取得したものであること、原告が被担保手形である右手形金の内金として訴外山陽興業株式会社から一七万円を受取り右手形を返還したことをいずれも認める。

その余の事実を否認する。

二、原告は訴外山陽興業株式会社から前記被担保手形金の内金の支払を受け同手形を返還するに当り、残額は担保手形である本件手形により支払を受けることに合意したものであり右被担保手形を返還したからといって、本件手形の権利が失われるものではない。

被告訴訟代理人は原告の右主張に対し次のとおり述べた。

一、本件手形により残額の支払を受けることにしたという原告主張の事実を否認する。

二、仮りにそのような合意があったとしても、これについて振出人の同意がない以上、振出人たる被告に対し本件手形金の支払を求める権利はない。<以下省略>。

理由

被告が受取人、振出日ともに白地の原告主張の本件手形を振出したことは当事者間に争いがなく、<省略>本件手形は振出人から訴外山陽興業株式会社に交付され、同訴外会社から割引のため訴外有限会社三共興業に、同会社からさらに訴外四元円に、同人から訴外酒井博に、同人から原告にと順次受取人および振出日が白地のまま引渡により譲渡され、原告においてその主張のとおり振出日を補充したうえ原告から訴外神品茂作に引渡により譲渡され、同人において受取人として自己の名を補充記載し原告主張のとおりこれを呈示したが不渡となったので同人から原告に裏書譲渡されて原告が再び所持するに至った手形であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

したがって右事実によれば、ほかに特段の事由がない限り、原告は本件手形金およびこれに対する法定の利息債権を有することは明らかである。

そこで、被告の抗弁について検討を進めるのに、本件手形が訴外山陽興業株式会社振出の前記手形の担保手形とする目的で振出、そこで、被告の抗弁について判断するのに本件手形が被告主張のとおり訴外山陽興業株式会社振出の八五万円の手形(以下被担保手形という。)の担保手形として振出されたこと、原告が本件手形を右被担保手形の担保手形として、同手形ととも取得し所持していたが、その後被担保手形について一七万円の支払を受けたので、本件手形を手許に保持し被担保手形だけを返還したことは当事者間に争いがないところである。

被告は原告が被担保手形を返還した以上は担保手形である本件手形の権利をも失ったものであると主張するのであるが、確かに、原告が被担保手形を返還した以上は、被担保手形について前記一七万円の支払を受けた外は同手形金の残余の債権を放棄したことが明らかであり、同手形の権利を失ったことは云うまでもないところであるが、このような場合に、果たして原告が被告主張のように担保手形である本件手形の権利をも当然に喪失したものと解すべきものであるかどうかは一考を要するところである。

被告の見解は、担保手形と被担保手形との附従性ということを強調した考え方のようであるが、両者の関係は後者が前者の振出ないし取得の原因関係になっているに過ぎないものであって、両者が常に必ず運命を共にしなければならない関係にあるものと解することはできない。

尤も後者が前者の振出ないし取得の原因関係となっているのであれば、後者の権利が消滅すれば、前者の振出ないし取得の原因関係が常に失われることになりはしないかとの疑問も生じ得るところであるが、しかし担保手形として手形を振出す者は、通常の場合、これによって担保される被担保手形が何らかの取引関係を原因として第三者に移転するものであること、したがって被担保手形もまたその原因関係である第三者との間の取引関係に基く債務を担保するものとして第三者に移転するものであることを認識し、その前提のもとに担保手形を振出すわけであるから、担保手形が被担保手形を原因関係として振出されるといっても、その原因関係は、実質的には被担保手形が第三者に移転する場合のその原因関係(換言すれば被担保手形によって担保されるその原因関係の債務の担保)をも包含しているものといってよいのであり、それは単に被担保手形金債務のみの担保に止まらないものというべきである。

担保手形と被担保手形とのこのような関係は、手形所持人が担保手形として手形を取得する場合にもひとしくあてはまることであるから、担保手形と被担保手形とをともに所持している手形所持人が、被担保手形取得の原因関係の債権を回収しようとすれば、被担保手形金の取立てによるか或は、担保手形金の取立てによるかまたは他の方法によるかは全く債権者の自由であり、事情によっては被担保手形金債権を放棄し、担保手形金の取立てのみによって債権の回収をはかろうとすることもあり得るのであって、被担保手形が全く決済されたとか、被担保手形の原因関係の債権について手形所持人が完全に満足を得またはこれと同視されるというような場合はともかくとして、被担保手形の原因関係の債権について手形所持人が完全に満足を得またはこれと同視しうる状態になっていない以上は、たとえ被担保手形金債権を放棄したとしても担保手形の原因関係がこれにより全くなくなったものとは云えないのであり、このような場合に担保手形金の取立てをすることは法律上可能なことといわなくてはならない。

したがって、原告が前記被担保手形を返還し、その権利を失ったとしても、その担保手形である本件手形の取立により被担保手形の原因関係の債権の回収をする余地は残されているわけであるから、被告の右抗弁は、原告が当然に本件手形の権利を失ったものであるという限りでは採用できない。

尤も担保手形と被担保手形とをともに所持している手形所持人が被担保手形について一部の弁済を得て被担保手形を返還したときは被担保手形金債権の残金債権を放棄したことが明らかであって、反対に解すべき資料がなければ、被担保手形の原因関係の債権についても残余を放棄し、全部の満足を得た場合と同規しうるものとして担保手形の原因関係もこれにより失われたものと解する余地があり被告の右抗弁にはこのような主張も含まれているように解されるから、更にこの点について検討を進める。

<省略>本件手形が前記被担保手形とともに訴外山陽興業株式会社から中間の手形割引人を介して原告に交付され、後に被担保手形が返還されるに至った経過は次のとおりであったことが認められる。

即ち、本件手形は前記被担保手形とともに、訴外山陽興業株式会社から訴外有限会社三共興業に、同会社から訴外四元円に同人から訴外酒井博に、同人から更に原告にと順次割引のため譲渡され、原告から更に訴外神品茂作に譲渡されたのであるが同訴外人から前述のとおり支払呈示をしたところ不渡となったので、原告に返戻され、原告が再びこれを所持しているものであるところ、被担保手形の振出人である訴外山陽興業株式会社がその頃倒産したのに伴い、本件手形が不渡となった後、同訴外会社から右手形関係者に対し、被担保手形金額の三割である二五万五、〇〇〇円を支払い残余を切捨てることにして割引による権利関係を一切解消してほしい旨の申入れをした。

そして、右の申入れにしたがい、訴外山陽興業株式会社と訴外有限会社三共興業との間、同会社と訴外四元円との間、同人と訴外酒井博との間、同人と原告との間で順次交渉をした結果間もなく右当事者全員の間に右申入れのとおりの合意ができ、この合意に基き、原告と訴外酒井博との間を除く右関係者の間ではそれぞれ合意による金額の支払をして被担保手形の割引に伴う金銭上の権利関係を一切決済したが、原告と訴外酒井博との間では、同訴外人に対し一三万五、〇〇〇円を、後に訴外四元円から三万五、〇〇〇円を合計一七万円を支払ったのみで右合意による三割の金額のうち残余の八万五、〇〇〇円をいまだに支払っていない

しかし原告は訴外酒井博から右一三万五、〇〇〇円の支払を受けた際、合意による三割の金額のうち残余の金額は訴外四元円から支払を受けることとして、被担保手形を訴外酒井博に返還し、被担保手形は前記手形関係者の間で順次返還され、振出人の訴外山陽興業株式会社に回収された。

<省略>そして、右事実によれば、結局原告は前記被担保手形の割引による債権について手形金額の三割である二五万五、〇〇〇円のほかは全部これを放棄することにしたものであり、かつ右二五万五、〇〇〇円の残債権についてもうち一七万円の支払を受けたのでその残額は八万五、〇〇〇円となり、手形割引によるその余の債権がなくなったことは明らかであるから、原告は本件手形の原因関係の債権について前記八万五、〇〇〇円を除きその余の部分については一部は弁済を受け一部は放棄することにより満足を得たのと同様の状態になったものというべきであって、この部分については本件手形の原因関係がなくなったものというべきである。

しかして原告の前に本件手形を担保として前記被担保手形を割引いた、各手形関係者の間ではその割引による金銭上の権利関係が一切解消していることは前述のとおりであるし、なお、被告が本件手形を融通のために振出し訴外山陽興業株式会社に交付したもので、同訴外会社に対して同手形により何の債務をも負っていないものであることは本件手形が担保手形として振出されたことから充分にこれを窺うことができるのであるから、これらの事実関係のもとでは、被告は、原告の本件手形を取得した原因関係が前記のとおり失われたことを理由としてその限度で本件手形金の支払を拒むことができるものというべきである。

よって、被告の右抗弁は右八万五、〇〇〇円を除きその余の部分の支払を拒む限度では理由があるがその余は採用できない。<以下省略>。

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